顔面神経麻痺がんめんしんけいまひ

顔面神経麻痺がんめんしんけいまひ

1.顔面神経麻痺とは

顔面神経の本体は、脳の顔面神経核にあり、そこから長い軸索という神経の枝を伸ばしています。この電線のような役割をする軸索は、小脳橋角部というところ通って、側頭骨の中にある顔面神経管という細い骨のトンネルの中を通り、耳たぶの奥の方にある茎乳突孔から側頭骨を出て、さらに耳の前にある耳下腺の間を貫いて顔面を動かす表情筋に分布しています(図1)。この顔面神経核から表情筋の経路のどこかが障害されると、表情筋を動かす信号が入ってこなくなるために、表情筋が動かなくなり、その結果として顔面が動かなくなります。この状態を、一般に「顔面神経麻痺」といいます。

図1

2.顔面神経麻痺の症状

一口に「顔面神経麻痺」と言いましても、顔の表情筋は20個以上ありますので、顔面神経麻痺の程度と範囲とで、様々な症状があります。よく訴えられる症状は、「顔がまがった状態」、「眼が閉じにくい」、「口角が上がらない」、「水や食事が口から漏れる」などです(図2)。動きの強さの違い(完全麻痺と不全麻痺)や、拘縮といって筋肉が縮んで伸びない状態、異常共同運動(目を閉じると頬部が動いたり、口元を動かすと目が閉じたりする)により、多彩な症状を呈します。

図2

また、顔面神経が通る側頭骨内の顔面神経管には、顔面神経の束の他に、味覚を伝える神経(鼓索神経)、涙や唾液の分泌を調節する神経、大きな音から耳を守るために鼓膜を緊張させる反射を起こす神経(アブミ骨筋神経)などが含まれていますので、顔面神経麻痺の際には、表情筋の麻痺ばかりでなく、味覚の障害、涙や唾液の分泌低下、音が響く聴覚の障害などの様々な症状が伴います。

3.顔面神経麻痺の原因

顔面神経麻痺の発症の仕方から、ある程度、顔面神経麻痺の原因は診断可能です。
顔面神経麻痺の原因が特定できますと、治療方法が決まりますので、この顔面神経麻痺の原因特定が大変重要となります。
顔面神経麻痺の発症の仕方には、大きく分けて3つあります。これに生まれつきの顔面神経麻痺を加えると4つになります。

(1)急に麻痺が生じる場合

「朝起きたら顔が動かない」、「気がついたら顔がまがってきた」、ということで大変心配される麻痺の生じ方です。その中で最も多いのが、「ベル麻痺」、「ハント症候群」と呼ばれるウイルスが顔面神経管の中の顔面神経に感染して生じる、顔面神経麻痺です。
脳卒中でも急に顔面神経麻痺になることがありますが、多くは呂律が回らない、頭痛、意識障害、手足の麻痺やしびれなどの症状が合併します。脳卒中が原因であれば、一刻も早期の治療が必要ですので、合併する症状がある場合は、救急車で脳神経外科や救急科を受診することをお勧めいたします。

(2)外科手術やケガの後に麻痺が生じる場合

聴神経腫瘍や小脳腫瘍などの脳腫瘍摘出のための脳神経外科の手術、真珠腫摘出のための耳鼻咽喉科の手術、耳下腺腫瘍・癌などの摘出のための手術などに伴い顔面神経が損傷された場合には、手術後に顔面神経麻痺が生じます。手術の方法によっては、回復が期待できない状態であることもあり、担当医に確認してください。
また、顔面神経が通っている側頭骨骨折や、顔面の深い傷によって顔面神経が損傷された場合にもケガの後に顔面神経麻痺が生じます。

(3)ゆっくりと麻痺が生じる場合

特殊な神経や血管の病気によって、顔面神経にゆっくりと障害が生じた結果、顔面神経麻痺が生じます。また、聴力の低下もみられる場合には聴神経腫瘍の可能性がありますので、まずは脳神経外科や耳鼻咽喉科を受診されることをお勧めします。

(4)生まれつき麻痺が認められる場合

胎児期の顔面神経の発生過程で、何らかの障害が生じた結果、顔面神経麻痺が生じます。片側だけあるいは両側の顔面神経麻痺が生じることあります。片側の顔面神経麻痺の場合には、麻痺側だけの皮膚皮下組織、筋肉、顔面骨の発達が様々な程度に障害されて生じる第1第2鰓弓症候群という病気によることがあります。この病気には、耳の発達にも障害が多く見られ小耳症を伴います。両側の顔面神経麻痺の場合には、メビウス症候群という、生まれつき顔面神経麻痺と眼の動きに関係する外転神経麻痺を合併する病気があります。これらの症候群でみられる顔面神経麻痺の程度と範囲および合併症は様々です。

その他にも100以上の生まれつきの原因が特定されておりますが、特定できない場合もあります。顔面神経麻痺の症状以外にも、顔面の変形や口蓋裂などを伴うことも多いですので、小児科の先生から紹介していただき、形成外科を受診されることをお勧めいたします。

4.顔面神経麻痺の治療

治療は、顔面神経麻痺の原因によって異なってきます。まずは元となる病気の治療が必要になります。例えば、急に麻痺が生じる「ベル麻痺」、「ハント症候群」に対する初期治療は、顔面神経のむくみを取るステロイド治療とウイルスの増殖を抑える抗ウイルス剤による治療が行われます。耳鼻咽喉科や脳神経内科で担当することが多いです。治療により8割の方が、ほぼ元の顔の状態に戻りますが、約2割で表情筋の動きが十分でない不全麻痺や、異常共同運動という後遺症が残ってしまいます。早期に適切な表情筋のリハビリテーションを行うことで、異常共同運動などの後遺症を軽減できる場合があります。麻痺の回復が悪いと予想される場合、後述する神経再建を行うことがありますので、担当の先生に形成外科を紹介していただきたいと思います。生まれつきの麻痺は、麻痺の範囲、程度が様々ですので、小児科の先生に形成外科を紹介していただきます。生まれつきの場合には、表情筋そのものが十分発達していないことが多く、神経再建の適応はなく、後述する陳旧性麻痺に対する治療を行います。

(1)神経再建術

外科手術に伴う顔面神経麻痺の場合、手術の際に神経移植することで神経再建を行うこともあります。可能な状態かどうかは病気の状態によりますので、担当医と御相談ください。
様々な原因で顔面神経麻痺の改善が乏しいと予想される場合、表情筋がやせてしまう前であれば、神経再建術を行うことがあります。麻痺の状態が長く続きますと表情筋がやせてしまう(萎縮)ので、神経が再生してきても回復しにくくなることがわかっていますので、6ヵ月以内に行うことが望ましいです。反対側の顔面神経や、舌を動かす舌下神経、咀嚼筋の一つである咬筋を支配する咬筋神経を顔面神経につなげる手術(図3:神経移植術・神経移行術、神経ネットワーク形成術)を行うことで、表情筋の動きを取り戻すことが期待できます。

図3
(2)陳旧性麻痺に対する治療

顔面神経麻痺に対する治療の効果が不十分であった結果、表情筋が完全に痩せてしまい、顔面神経麻痺が残ってしまわれた場合(陳旧性麻痺)には、もともとの表情筋の機能を取り戻すことはできませんので、それに代わる治療が必要になります。

顔面の左右バランスのみを取り戻す治療は、静的再建術(図4,5)といいます。静的再建術には、下がってしまった眉毛の位置を引き上げる手術、外反してしまった下まぶたを治す手術、下がってしまった口角を引き上げる手術などがあります。

顔面の左右バランスをとるだけではなく、顔の動きを取り戻す治療を、動的再建術といいます。動的再建術で多いのは、側頭筋移行術による眼を閉じることが出来るようにする手術と、遊離筋肉(広背筋、薄筋、前鋸筋など)移植術による笑いの動的再建術があります(図6)。笑いの動的再建術では、痩せてしまった笑いを作る表情筋の代わりに、背中や大腿部の付け根の筋肉とその運動神経および栄養血管を採取して移植します。移植した筋肉の栄養血管は、顔面にある動脈と静脈に吻合して血流を再開します。また移植した筋肉の運動神経は、顔面神経や咬筋神経などの機能している神経とつなぐことで、徐々に動きを取り戻して、やがて笑いの表情を作ることができるようになります。

顔面神経麻痺の症状は顔面全体に及んでいますので、症状に応じてこれらの静的再建手術と動的再建手術を組み合わせて治療します。特に、眼を閉じる機能と口角を上げる機能(笑い)がないことが大きな問題になってきます。目を閉じることができないと角膜がダメージを受けて視力に障害が生じる危険がありますので、眼を閉じることができる手術を行います。また、口角を上げて笑うことができないとコミュニケーションに障害が生じますので、笑いの動的再建術を行うことが多いです。

図4
図5
図6
(3)異常共同運動に対する治療

回復の過程で残ってしまった異常共同運動に対しては、筋肉切除手術やボツリヌス毒素治療とリハビリテーションを組み合わせることで症状の改善を期待できます。

顔面神経麻痺は、原因も様々で、症状の表れ方も多彩であり、様々な治療をオーダーメイドで組み合わせて治療を行います。お悩みの場合、まずは一度形成外科でご相談ください。

著者

獨協医科大学形成外科学
講師 梅川 浩平

著者

東京警察病院 形成外科・美容外科
主任医長 渡辺 頼勝

東京警察病院 形成外科・美容外科

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